ファッション業界に今求められる「リテールプランニング」とは?

金曜の夜、気づけばオフィスに残っているのは自分ひとり。
パソコンの画面には、複数のExcelファイルがずらりと並んでいる。来週月曜までに、来季の仕入れ計画を提出しなければならないのに、同じ名前のファイルがいくつものバージョンで存在し、どれが最新なのかも分からない。どこから手をつければいいのか分からず、途方に暮れる。
こんな経験はありませんか。
実際に、このような状況は多くの小売企業で日常的に起きています。
世界最大級の小売企業が集まる米国では、リアルタイムで計画を最適化する「小売計画(リテールプランニング)」が発展してきました。
その重要性は、近年日本国内でも徐々に認識されつつあります。しかし現場では、いまだに担当者の経験や勘に頼る属人的な運用が多く、計画業務の標準化や効率化には依然として多くの課題が残されています。
特にSKU数が多く、トレンドの移り変わりが早いファッションや化粧品・パーソナルケア業界では、属人的な運用が販売機会の損失や在庫の偏在といった経営リスクに直結し、年間数億円規模の収益を失う可能性があります。
変化の激しい市場環境において、計画業務を見直す余裕が持てない企業も少なくありません。しかし、非効率な仕組みを放置すれば、販売機会の損失や在庫過多などの経営リスクが拡大していきます。こうした状況に柔軟かつ迅速に対応できる体制を整えることが、オムニチャネル時代における競争優位の鍵となります。
成功する小売計画の基本
小売計画(リテールプランニング)とは、製品ラインナップ、在庫、販売チャネルを実際の需要に合わせて最適化し、利益を最大化しながら損失リスクを抑えるための戦略的な計画です。これを適切に取り入れることで、経営効率の向上が期待されます。
その第一歩は、次の3つの基本的な問いを明確にすることです。
- 「何を」販売するのか
- 「どれだけ」仕入れるのか
- 「どこで」販売するのか
そして重要なのは、この問いへの答えを一度決めて終わるのではなく、市場の変化に応じて継続的に見直すことです。データを活用し、計画をリアルタイムで更新していくことこそが、小売計画(リテールプランニング)の本質です。
かつては顧客ニーズの変化が緩やかであったため、四半期ごとの計画会議やExcelによる管理で対応できていました。こうした方法は顧客の期待が緩やかに変化し、サプライチェーンが安定していた時代の遺物と言えます。
しかし現在は、市場環境の変化が激しくサプライチェーンの不確実性も増しているため、何を、どれだけ、どこで販売するかといった計画の重要要素をリアルタイムで見直し、迅速に対応する必要があります。
近年の小売環境はこれまでとは全く異なり、完璧さよりもスピードが重視され、画一的な対応よりもパーソナライズが求められ、量よりも精度が重要視されています。
成長企業は過去のデータに依存せず、実際の市場データを反映し、計画を継続的に更新しながら迅速な意思決定を実現しています。
効果的な小売計画を支える5つの柱
小売計画(リテールプランニング)は、創造性と論理、直感とデータ、スピードと精度といった相反する要素のバランスによって成り立っています。
このバランスを保ち、在庫最適化や収益性向上を実現するために、「5つの柱」を基盤に計画を立てます。これらの柱が連携することで、複雑な現代の小売環境でも柔軟かつ高精度な戦略が可能になります。本項では、その5つの柱について解説します。
1. 商品財務計画
商品財務計画は、小売計画(リテールプランニング)の土台となる重要なプロセスです。
まず、会社全体の売上や利益目標を設定し、それを部門別・カテゴリ別に割り当てることで、どこにどれだけ投資すべきかが明確になります。これにより、計画の軸がぶれることなく、一貫性のある判断が可能となります。
販売開始前には予算の配分方針を定め、販売期間中には実際の売上や入荷状況に応じて計画を柔軟に見直します。
利益やリスク、売上予測に基づいた合理的な仕入れ判断が可能となり、経験や勘に依存しない意思決定が可能になります。
2. 品揃え計画
財務目標を具体的な製品戦略へと落とし込む役割を担うのが、品揃え計画です。SKU単位で、販売チャネルや地域ごとにどの製品を、どこで、どれだけ販売するかを最適に設計します。
品揃え計画は、消費者ニーズや購買履歴、トレンドなどのデータを活用し、商品構成を最適化します。また、各店舗の顧客層や購買傾向、地域特性に応じてグループ化することで、それぞれの特性に合った品揃えの展開が可能になります。その結果、製品と消費者のマッチング精度が高まり、セルスルー(売上消化率)の大幅な向上に繋がります。
3. 需要予測
需要予測は、根拠に基づく精度の高い意思決定を可能にし、利益の最大化を実現します。
過去の売上データに加え、トレンドや季節ごとの需要変動、経済指標や天候などの外部要因を総合的に分析することで、仕入れや在庫配分に関して、より的確かつ根拠に基づいた判断が可能となります。
最近では、AI(人工知能)や機械学習を活用して、リアルタイムの情報を基に予測を自動で更新する仕組みも普及しつつあります。
少しの判断ミスが欠品や過剰在庫といった重大な損失につながるため、こうした予測精度の向上は、ファッションや家電など需要変動の激しい業界において不可欠です。
4. 在庫管理
どの製品をどれだけ仕入れ、どの店舗や倉庫に配分するかを決定することが、在庫管理の基本です。
地域ごとの販売動向や店舗の収納力、実店舗とオンラインの在庫連携など、多様な条件を考慮します。
近年では、リアルタイムの売上データやセール状況、市場の急激な変化に応じて在庫配分を柔軟に見直す動的な計画が重要視されています。このような柔軟な対応により、値引きによる損失リスクを抑えつつ、利益率の向上と資金効率の改善が可能となります。
5. 製品ライフサイクル管理
効果的な小売計画(リテールプランニング)を実現するためには、製品開発、調達、サプライチェーンなど各部門との連携が不可欠です。
先進的な小売企業は、PLM(製品ライフサイクル管理)システムを活用し、企画段階から販売終了までの製品ライフサイクルデータを計画業務に統合しています。
各部門間がPLMで連携することにより、情報の一元管理とリアルタイムな状況把握が実現し、柔軟かつ迅速な意思決定を促進します。
トレンドの変化への即応、仕入れの最適化、スケジュール遅延によるコストリスクの回避など、ビジネスリスクの低減に大きく貢献しています。
オムニチャネル時代に求められる小売計画とは
消費者ニーズの多様化に伴い、特定の販売チャネルに依存する小売企業は成果を上げにくくなっています。
実店舗に加え、ECサイト、マーケットプレイス、モバイルアプリ、SNSなど、消費者は複数のチャネルを使い分けて買い物をしています。この「オムニチャネル化」の進展により、販売計画や在庫配分の方法が大きく変わり、より複雑かつ柔軟な対応が求められるようになっています。
店舗中心から顧客中心へ
従来は、各店舗の過去の販売実績を基に製品を割り振り、あらかじめ決められたスケジュールで配分する「店舗中心」の戦略でした。
しかし、複数のチャネルが並行して機能する現在では、店舗で売れない商品がオンラインでは即完売することもあれば、その逆もあります。
こうしたチャネルごとの需要の違いが、機会損失や在庫の偏在といった課題を生み出します。そのため、オムニチャネルが主流となった現代の小売業において、全てのチャネルの販売状況を統合的に把握し、最適なタイミングと場所に商品を届ける仕組みが欠かせません。
現代の小売業には、以下のような視点を踏まえた戦略的な配分設計が求めらます。
- チャネルごとの販売スピードの違い
- 配送場所の指定と受け取りの利便性
- 倉庫、店舗、外部物流を含む全体在庫の管理
- 店舗受け取りや店舗からの発送対応
- 返品処理の効率化
これらの要素を統合的に反映した「顧客中心の配分」により、配送経路の最適化が可能となり、実際の需要に即した商品供給ができます。
AIと自動化で進化する小売計画
オムニチャネルの在庫配分は、正確で詳細なデータをリアルタイムで取得し活用することが不可欠です。
先進的な小売企業は、SKUや店舗、チャネルごとの需要を正確に分析し、高精度な在庫配分や補充の意思決定を行っています。
さらに、機械学習を活用して特定の顧客セグメントに最適な商品を予測し、品揃えの精度を高めています。これにより、勘に頼る不確実性を大幅に削減し、配分の精度を飛躍的に向上させています。
また、自動化によりリアルタイムの販売データを活用して在庫の流れを最適化し、人為的なミスを削減しています。これにより、需給変動や突発的な事象にも迅速に対応できる柔軟性を確保しています。
このように、AIや自動化を活用した小売計画(リテールプランニング)は、リアルタイムのデータに基づく高度な意思決定を支え、競争の激しいオムニチャネル市場で企業が強固な競争力を維持することを可能にしています。
小売計画で陥りやすい課題と回避法
長年の経験を有する大手企業であっても、計画の落とし穴に陥り、利益率の低下や対応力の制約に直面することがあります。
起こり得る課題を認識し、適切な対策を講じることが、安定的かつ高い成果を生み出す計画体制の構築に欠かせません。
陥りやすい課題
- 部門ごとのサイロ化
製品企画や在庫管理、販売などの各部門が異なるシステムやKPIを用いていると、情報が分断され、組織として一貫した判断が難しくなる。 - 表計算ソフトへの依存
Excelやスプレッドシートなどの表計算ソフトで管理を続けると、手作業によるエラーのリスクが高く、拡張性も限られるため、市場変化への即応が難しい。 - 過去のデータに基づく計画
平均化された過去のデータに基づいた計画は、実際の需要変化に追いつけず、特にトレンドの移り変わりが早い業界では致命的な予測ミスを招く。 - 画一的な在庫配分
店舗や地域ごとの販売状況や顧客特性を考慮せず、一律に商品を配分すると、売れる場所で商品不足が起き、売れない場所には過剰在庫が発生する効率の悪い在庫管理になる。
多様化、複雑化が進む小売環境において、従来の手作業による管理だけでは対応が難しくなっています。部門間で情報を共有し、柔軟かつ迅速に意思決定できる体制の構築が不可欠です。そのためには、計画業務を統合的に管理できる柔軟なリテールプランニングソリューションの導入が有効です。これにより、属人的な判断を排除し、リアルタイムのデータに基づいて的確に対応できるようになります。
小売計画の新しいかたち
小売計画(リテールプランニング)は、単なる定期的な作業ではなく、競争優位を生み出す戦略です。先進的な小売企業は、変化する消費者ニーズに対応するため、積極的に新しい方法を取り入れています。
AIによる需要予測
AIや機械学習は、小売業における需要予測の手法を大きく進化させています。
過去の販売実績や天候情報、販促効果、SNSの動向など、膨大な構造化、非構造化データを分析することで、人間で捉えきれない傾向やパターンを捉えることができます。
AIを活用した需要予測により、多くの小売企業が予測の精度の向上しています。これにより、市場の変化にリアルタイムで対応できるようになり、在庫の配分を最適化し、売れ残りによる資金の滞留を大幅に削減しています。
リスクに備える「シナリオプランニング」
現代の経済は不確実な状況が続いています。シナリオプランニングを活用することで、小売企業は需要急増や供給障害、経済変動など複数のシナリオをシミュレーションし、事前に備えることができます。
先進企業はシナリオプランニングを活用し、季節ごとの計画に潜むリスク評価や仕入れ遅延の影響分析、価格戦略の効果検証、リードタイムの変動を踏まえた調達計画の見直しを行っています。
こうした先を見越した取り組みにより大規模な投資リスクを抑えつつ、データに基づくより精度の高い意思決定を可能にしています。
サステナビリティの統合
環境意識の高まりとともに、消費者は製品の生産地や製造過程に関する透明性をより強く求めるようになっています。
さらに、各国・地域における規制も一層厳格化の傾向を見せています。
こうした流れを受けて、企業は調達、品揃え、在庫のあり方を見直し、環境負荷の少ないサステナブルな運営体制へと移行しつつあります。
具体的には、過剰在庫を減らすための仕入れ精度の向上や、売れ残り商品の処分計画の明確化、サプライチェーンにおけるCO₂排出量の削減、商品企画段階でのサステナブル素材の使用などが挙げられます。これらを踏まえた、サステナビリティを意識した意思決定が企業に求められています。
先進企業に学ぶ小売計画の必須要素
業界をリードする企業は、変化に応じて迅速に動ける柔軟性を持っています。
これからの小売計画には、テクノロジーの活用に加え、人材育成や組織の機動力を高めることが不可欠です。
高い成果を上げている小売企業は、次のことを実践しています。
- 計画の継続的な見直し
計画は四半期ごとに行うのではなく、継続的に見直し、更新することが重要です。成長企業は、売上予測や在庫配分、品揃えの決定を一度きりの作業とせず、常に修正を加えながら進める「ローリングプランニング」を実践しています。 - 部門間の壁を越えた連携
製品企画、調達、販売などの各部門が共通のKPIとツールを用い、データを一元管理することで、組織全体で一貫性のある判断と迅速な意思決定を可能にしています。 - 人材のスキル育成
先進企業は、高度なデータ分析やシナリオプランニング、AIの活用といった分野で、人材のスキル強化に積極的に投資しています。
これらの要素が、変化に対応するだけの企業と、市場をリードする企業の差を生み出しています。スピードだけでは優位性を保てない今、戦略的な適応力こそが、これからの小売業の競争力を左右する決定的な要素です。市場環境がますます複雑になるなか、小売計画(リテールプランニング)は、もはや単なる計画業務ではなく、小売企業の成長を支える要となっています。
こうした背景を受けて、多くの先進的な小売企業が、PLMを基盤としたリテールプランニングソリューションを導入しています。リアルタイムな意思決定と部門を超えた連携により、ビジネス成果に直結する計画運営を実現しています。
なかでもCentric Planning™は、世界有数の小売企業やブランドと共に多くの実績を積み重ねてきたリテールプランニングソリューションです。柔軟で俊敏かつ高精度な機能を備え、現代のビジネス環境に最適化されています。
急速に変化する市場環境でも確実に成果を生み出し、小売企業の持続的な競争力を支えます。